DAIHATSU
MotorSports and X4 HISTORY

1960年代の乗用車進出当時から、モータースポーツに情熱を傾け続けたダイハツ。
現代においてその集大成として君臨している「X4」シリーズと、そこに至るまでの道のりを辿ってみよう。

−熟成編1−
〜新時代のX4〜
 スズキスポーツの撤退後、全日本ダートトラアル・全日本ラリーでは無敵の強さを誇ったストーリアX4。
しかしそれゆえに後継車作りは難しかった。
何しろ敵(スズキ)がいない。
そして、市販モデルとして考えた場合、ストーリアX4はあまりにもトラブルメーカー過ぎた。
特に駆動系や補機類は脆弱で、ブローしたミッションやブーストの上がらなくなったタービンが次々とクレーム扱いでディーラーから送られてくる始末。
その一方で、ストーリアX4以上のポテンシャルを誇る次期モデルの開発は着々と進んでいた。
ここでダイハツも、さすがにストーリアX4ほどの暴走はできない事を悟り、最初かられっきとしたカタログモデルとして市販車として十分な耐久性を備え、タウンユースにも十分使えるモデルを次期X4としてリリースする事になる。
それがダイハツM312S「ブーンX4」だ。
それまでのX4と言えば次期量産車のためのテストベッド的な役割を持っていた。
しかしYRVターボのK3−VETをスケールダウンした936ccのKJ−VETエンジンには、その技術を生かすだけの対象が存在しない。
そのためある意味レーシングエンジンとしてストーリアX4より贅沢な開発が行われたKJ−VETは、市販モデルとしての耐久性を成立させるため、量産車ではパワー・回転数・ブースト圧ともに低く抑えられた。
競技ベースモデルとしての証はストーリアX4よりさらにクロス化されたミッションと、前後のスタビライザーに求められる事となったのである。
「競技で勝利するためのX4」
ではなく、
「X4がX4であるためのX4」とでも言うべき?新時代のX4はこうして誕生したのだ。

−熟成編2−
〜異色のデビュー〜
新時代のX4、ブーンX4のデビューもまた異色のものとなった。
2006年1月の東京オートサロンで、ダイハツ車のチューニングパーツブランドである「D−SPORT」のコンセプトカーとして初展示されたのである。
それは紛れも無い競技ベース車のブーンX4のはずだったが、D−SPORTカラーに染められたマシンはむしろストリートチューン車の趣を見せ、ダイハツがブーンX4でターゲットとするユーザー層が、これまでのX4と違うものである事を匂わせた。

さらに2月12日にはダイハツチャレンジカップ沖縄戦にて主催のDCCSにより試作車が展示、ダイチャレ向けのライトスポーツマシンとしての存在をアピール。

極めつけは2月19日に富士スピードウェイで開催された軽自動車耐久レース「K4GP」にD−SPORTがマーシャルカーとして出走させた事で、サーキットでのスポーツ走行向けマシンとしても注目を集めた。

こうして2006年3月10日、ストーリアX4最終車のロールアウトから約2年ぶりとなる新時代のX4、「ブーンX4」がデビューした時、それは単に競技ベース車としてだけではなくコンパクトGTやサンデーレーサーとしての役割も求められ、なおかつ先行開発車としての立場も捨てた事で、このクラスとしては大変高価なマシンとなってしまったのである。

−熟成編3−
〜慌しい競技への参戦〜
2006年3月10日にリリースされたブーンX4だが、全日本ダートトライアルでは3月26日の第1戦には全く間に合わず、4月16日の第2戦NUクラスにDRS・ブーボー・プロジェクトガレージから各1台がようやく間に合ったという按配。
暫定仕様ながらセッティングに成功した、プロジェクトガレージの原宴司が優勝してどうにかデビューウィンを飾ったものの、上位のほとんどは熟成されたストーリアX4が占めた。
第3戦以降着実に台数を増やし、毎回優勝の座はブーンX4が占め、最終戦では全日本ダートラNUクラスの半分がブーンX4という状態まで増えたものの、熟成されたストーリアX4もまだまだ使われており、当分ブーンとストーリアが並存すると思われる。

一方全日本ラリーでは規則変更により2WD部門と4WD部門が統合され、ブーンX4はJN−2クラスでレビンやシビックと争う事になった。
4月7〜9日の開幕戦こそDRSとブーボー、キャロッセのマシンが参加は間に合ったものの、納車されたマシンに暫定的なパーツを組み込んだだけの事実上のシェイクダウンでは成績を望めず惨敗。

マシンの熟成も進んだ第4戦から得意のグラベルという事もあって真価を発揮して初優勝を遂げ、この年9戦4勝でどうにかシリーズを制し、どうにかレーシングベース車としての面目を保った。
 その間ストーリアX4は最終戦JN−1クラスに参戦したに留まり、全日本レベルの競技車としての座は、どうやらブーンに禅譲されたと思って間違い無いだろう。

−熟成編5−
〜ダイハツチャレンジカップ〜

既にストーリアX4がGA(普通車)クラスの主力となって久しいダイハツチャレンジカップにも2006年後半からブーンX4の姿が見え始め、リリース時の目標の一つである「ダイハツチャレンジカップ用マシン」としての目標は一応達成されたと言える。
ただ、全日本クラスの競技と違って、資金をつぎ込んだ急激な進化が望めないダイハツチャレンジカップの世界では、まだ「速いマシン」としての認知度は無く、今後の進化が待たれるところだ。


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